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学校へ行くしたくをしなさい!

子育てをしているときは悩みました。

この素朴すぎる事実を思い起こしてほしい。親が子どもの場所まで降りることが大切だ。その子どもの立場で、絶えずわが目はこれでいいのかと意識しつつ、経験者としてアドバイスしてやりたいものだ点数至上主義ということが、よく言われる。テストの点数が高ければ高いほど、有名校合格への可能性は高い。そして有名校合格者の評判が高くなる。言ってみれば点数の高い学校はよい学校、点数が高い子どもは立派な人と思われる。
だが、本当はそうではない。点数が高い学校は点数がよい学校にすぎず、それが高い子は点数がよい子にすぎないだけだ。高学歴などということは、イコール総体的.本質的内容をさす意味ではないことを、日本人はオウム事件などの教訓からも認識しなおさねばなるまい。
死力をつくしても、点数に秀でることのできない子もいる。
その子の結果だけを見て努力がたりない
なまけ者
などと言うことができるだろうか。
ましてや、人間として
だめな子みたいな目で見たら、いったいどうなるか。いや、すでに見てしまっている。

子どもの頃に大好きだった絵本はもちろんです日本中にその目がある。この大人の目つきを変えない限り、子どもにまつわる悲劇が消えることはないだろうこう言うと、テストそのものまで否定する人も出てくるが、それは違う。子どもを発展させるには、テストは不可欠である。ただ、本来多様なはずの能力を一面で固定視するとき、日本の子どもは確実に中毒になり、窒息してしまうことをシビアにとらえたい。
ごうまんまた、若いときというのは、傲慢でいい気になりがちなものである。世界は自分を中心に回っているような気がして、他人の立場を思いやる余裕がない。恋愛問題に限らず、受験しかり、執着心しかりである。自分の喜びの陰に多くの人の涙があることを、父親はしみじみと語ってやらなければいけないと思う。
羽生善治氏が将棋の七冠王を達成したとき、父親の政治氏はこのように語った。

将棋は勝ち負けを争うゲームであることは存じておりますが、私ども家族は現在、複雑な心境です。と申しますのは、阪神大震災の中心地、神戸出身である谷川浩司王将が力を十分に出し切れないままに終わってしまったことです。大震災による痛手、さらに善治の七冠へのマスコミ報道が谷川王将に重荷になったと思います。

  • 教育をするのでなければ
  • 幼稚園のころ
  • 教育の現場から甦らせるという

しつけかたもある。

子どもが心配でかわいくてしょうがない七冠奪取、独占など大それた気持ちを持つことなく、一時期七冠を預かる心構えの棋士であると同時に、社会人として精進するように望んでおりますあのとき、やはり天才と言われた谷川浩司氏に思いをはせた人も多かったと思うが、父親のこうした信条、生き方のようなものが、押しつけではなくこう望むという形での子どもへのアドバイスとして、千金の値を持つに違いないのである本当の優しさ強さから生まれるだいぶ以前のことだが、いまだにさわやかな余韻を胸中に残している話がある。

育てば言うことはありません。Bさんは男の子を出産して間もなく、夫を戦地へ送り出した。終戦のときは、戦争に負けた悲しみよりも、夫が帰ってくるという喜びのほうが大きかったそうだ帰る日が知らされ、親類一同がなけなしの材料で心づくしの料理を用意した。
ご主人は酒が大好物であった。ところが、あてにしていた酒の配給は中止という回覧が回ってきた仕方がないので、まねごとでもといって、とっくりに水を入れて、ひとまず格好をつけたご主人が帰ってきた。
ああ、酒があるのか、これはありがたい!Bさんはそれが水であることを言えず黙っていると、ご主人は自分で酌をして飲んだ。

子供にだまされていると思います。

その後も自分で杯を干し、そのうちに酔った姿になった。
Bさんはそのご主人のふるまいを見て、
私は、本当に素晴らしい人と一緒になって幸せだと、心の底から思ったという。一年後に、ご主人は亡くなった。この日の水のことを、ついにBさんは聞けなかった。黙って水を飲み、酔ったふりをしていたご主人の人柄が心に深く残って、Bさんはその後、再婚する気になれなかったという。
この話をうかがって、私はなぜか涙がこぼれてならなかった。Bさんのご主人は、戦地からの帰還兵である。修羅場をくぐり抜け、飢えと地獄の極限状況を生き抜き、九死に一生を得て、やつとの思いでわが祖国、わが家にたどりついた直後の出来事なのである戦前の教育そのものは、深い。しかし、教育制度がどうの、教育手段がこうのと言う以前にうな美しい人間性を発露せしめた引き金は何かという意識が脳裏を離れない。

しつけをしていない。

教育改革は私は幼児私が指摘するまでもなく、多くのよさとともに問題点も大きくご主人にこのよ相手の立場を深く思いやるということ-言うは易く、は、ボロボロに疲弊しきった身で、それをやってのけた。
行うは難しいBさんのご主人心までは疲弊していなかったの
であろうか。この強さ、この優しさはいったいどこからもたらされるのか。
育んだ親の教育法を知りたくなり、その愛に触れてみたいと思った。
このご主人を私は、人間の優しさというものは、人間の本当の意味での強さに正比例するものと考えている。優しさのの字は、言うまでもなく憂えると書く。すなわち、人を憂えることのできる人間性の確立なくしては、真の
優しさは生まれないのである父として子に語ることは、自分自身の人間そのものを語ることにほかならない。


子どもの頃に大好きだった絵本はもちろんです しつけられていない 子どもがどういうものを欲