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子どもを見ておくべき

しつけられてはいまいか。

などということは歓迎されない。
人間は歯車化まんえんこの管理の縄で、自らの体をしばっているのが現代人だ。息苦しさが蔓延していく。この波は学校にまで波及して、学校が
規則ずくめになる。時間厳守リーダーに従順単純学習にも忍耐が、やたらに幅をきかせる。人間らしさや個性よりも、従順、没個性を期待する向きは、本当にないだろうか。
大人たちはよい子悪い子
というレッテルを、あまりにも簡単に子どもに貼っていないだろうか。教師の経験上、私も反省は多かった。たとえ子どもに裏切られても、裏切られる自分に問題があると考える視点も大切だ。
もちろん、何でも認めてしまう許容社会の体質にも問題はある。容認ばかりでは、子どもがかわいそうだ。心底から叱る姿勢がなければ、子どもとの交流はできない。人間の本質規定をすれば、善悪不二。人間は善にも悪にもなり得るものだろう。

しかし子どもに関しては、どちらかと言えば性善説でいかねば、教育は成り立たないクラスの子どもたちを見る。いたずらも悪さもする。だが、植物が常に太陽志向であるように、子どもは本然的に善志向だ。どう見ても悪志向はない。自浄力もある。子どもが非行や犯罪に走るのは、本来持つ自浄性を殺してしまう毒性が、いかに社会にしみ込ん力手彳でいるかということではないだろうか。
世の中には、いくら汚職や選挙違反をしてもつかまらぬ政治家がいる。それこそ
非行を平然とやってのける役人もいる。以前は、ぎりぎりのところで役人は国民から信頼されたが、昨今の官僚のあまりの腐敗ぶりには、本当に心が痛む。国家の生命線が食いちぎられていく思いだ。悪事を行う者は、長い目から見れば、決して得をすることはない。
が、これだけ不公平や矛盾が定着して動かないとなると、社会は本当に腐りはじめてくるだろうこういう世の中だから、善意で生きようとすればするほど傷つき、ストレスがたまる。
たまったストレスは沈殿し、化学変化を起こして、体や心をむしばんでいく。

成長してゆけるよう注意し合ったらどうでしょうか。


母親に対して格好をつけたがるものです

この息苦しさは、学校にまで影を落とす子どもたちが豊かな知性や感性を磨き、すぐれた行動力を身につけ、強健な身体を育み、おおらかな表現力をものにできているだろうか。矛盾と困難は大きい。
ストレスに負けぬ子を育てなければ、と思う。じゃあ、悩まないことだねと短絡はできない。悩みながらストレスを発散させることが、たまにはあってよいだろう。くよくよしたってしょうがないというのも、確かに一つの克服法と言えるが、これだけでは、未来の社会主体たる子ども自身も、強大な自我形成をなすことはできない。悩むたびに強くなれる、本物の獅子を育てなければならない。
それには人生にはムダなど決してないと、親自身が思い込まねばだめだ。ぜんぶ薬だ後には必ず効いてくるのだ、と腹をくくることだ。

育児をやられた。

悩んでこそ、強くも、大きくも、花も実もある輝かしき人間にもなれるのだと、腹の底から思わねばならない。この親の思いが、子どもに伝わらないわけがない。要は、悩むたびに、誠実さをより希求できる人間姿勢があるかないかだそこに、ストレスを肥やしにできる生き方があると私は考えるあと一日しか生きられなかったら、何をするか子どもの生活を見て、そのエネルギーのすごさにいつも驚嘆する。
殊に自分が興味を持つものに対するそれは、ストレートで勢いがある。
集団生活で、発展性を持つ一つの要因は、この勢いである。少しのミスなど帳消しにしてしまう、あの雰囲気である。野球などのスポーツでのゲームに、その格好の実証例がぁる。勝ちまくっているチームのベンチのムードには、ミスをふっ飛ばすはずみがある。その味わいが、日常的に自分がやっていることへの自信につながるその片面において大切なことは、スランプのときの姿勢だ。
生である。要は、その落ち込み方ではなかろうか。
落ち込むこともあるのが人
落ち込みには原因が必ずある。


子供を入れるまでの六年間あるい

子どもが一度味わえば

その原因を、冷静かつ積極的に見つめていける勇気こそ子どもに培いたい。この落ち込みからでなければ学べないものがあることを、自覚する人間は強い。転んでもタダでは起きないという姿勢のある子どもは、自己崩壊などとは無縁に違いない。
かつて私はクラスの子どもたちに、ダイヤモンド賞というほめ指導をした。まだ教師になりたてのころだったが、子どもは目の色を変えて、賞をいくつもらえるかに一喜一憂した。今になって思えば、私のごときいたらぬ人間の価値観が出てしまって、子どもには申しわけなかったと思う。
しかし、私自身がいたらないなりに一日一日、一瞬一瞬、自分を高めたい、深めたいと大げさに言えば死闘していた。今の時点での最善をつくす以外にない。
ダイヤモンド賞+万個と私が叫ぶと、その子はうれしさを通りこして、厳粛な顔さえする。

子どもの難しさを理解する


母親たちはそれぞれにプライドを持っていて

この種の顔をした後、必ずと言っていいくらい、子どもは変わっていく。
必死になって自分を高め、充実させていこうと努力している子を、まず評価する。そして努力精進の実践の中から、その質が子ども集団の中で問われてくる。エゴで自己本位の質にとどまる子は、集団の中で浮いてくる。何のためがいかに大切であるかを、子どもが体でつかんでくる。
ある雑誌で読んだが、あと一日しか生きられないとしたら、あなたは何をするかというアンケートがあった。育てていく媒体になるのではないだろうか。

  • 子供がヘビに変化したわけではない。
  • 子どもおかあさんカウンセリング
  • 子どもの片づけで目指すべき

育てていく媒体になるのではないだろうか。 小学校に入学したとき二年三年かに観察して書く。 母さんに言われなくてもやるなんてえらいぞ