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子どもの心に届いてい

子どもが感じていれば

まじめに誠実に、そして勤勉に働く姿。彼はそういう父親の背中を見て育った。そして立派に成長し、今は人から信頼される政治家になっている彼が父の働く姿を見て、どう感じたかはわからない。結果から見て父の仕事を継ぐことはなかったわけだから、何か思うところがあって自分の道を決めたのだろう。あるいはこんな割の合わない仕事はごめんだと思ったかもしれない。それはそれでいいだろうしかし、おそらく彼の心の底には、父親のようにコツコツとまじめに働く人間が不幸に陥ったり、馬鹿を見るような世の中にだけはしたくないという考えが確固としてあると思う日常的に子どもが父親の働く姿に接することができないとしても、父親が子どもに対して、真剣に仕事の話をするチャンスはつくらなければならない仕事の話など、子どもには理解できないだろうというのは、親によくある間違った思い込みである。

子どもたちは馬車馬のごとくわき目もふらずたとえば、父親の会社がどういう商品を作り、それを売ることで利益をあげ、その中で父親がどういう役割を果たしているのかを、子どもは知りたがっているのだただ、自分の会社の悪口を言ったり、ら、おまえはもっといい大学へ行って、しないほうがいい。
お父さんのやっているような仕事はつまらないかいい会社へ入れなどという言い方になるのなら、そういうふうに言われ続けた子どもはたいてい、何か実入りのいい仕事、きれいでカッコいいだけの仕事をめざすようになる。

  • 子どもの心は自身
  • 子どもたちの一人ひとりがいわゆる
  • 勉強をするようになっても必ず

子供の数が少なくなっていることがあります。

個性よりも従順没要領だけで世の中を渡っていくようになりがちだそして、自分の仕事を否定的に語る親に、子どもはまず尊敬の念を抱くことはない語るべきことは、自分が仕事をやっていく上で大切だと思っていること、また仕事上の失敗談、逆にいい仕事をしたときの喜び、そういったことでいいのだ。そしてできれば、自分の仕事について誇りを持って語ってほしい。
もう一つ大切なことは、子どもに尊敬されたいと思って語ったり、何か教え込もうとして話したりしないことだ。ある程度自我に目覚めてきた子どもは、そこらあたりは敏感感じ取り、まずたいていは反発する。超ムカつくなどという言葉を使いはじめた子どもに、そうした語り方は逆効果だ。

母親として紹介したいくらいのものです。むしろ淡々と、相手を一人前の人間として認めて話すたとえ相手は子どもでも、自立しつつある一個の人間なのである子どもを自立した存在と見なし、自分の信念を語れ親と子の関係で難しいのは、それがいつどのような形で、対等な一個の人間同士の関係になっていくかということだ。これが本質的にわかっていない親というのは、いつまでも子どもを自分の監督下、支配下に置こうとして、子どもとの間に葛藤や軋轢を生じさせる場合によっては、それが重大な事件の原因となることさえあるあつれきある知人は、商社マンで海外出張も多く、子どもの教育は奥さん任せだ。

成績が落ちるだけ落ち

その奥さんに聞いた話である。奥さんは、子どもの中学入学式の日にこう宣言したという。
「小学生だった今までは、お母さんも勉強しなさいってうるさく言ったけれど、あなたも今日からは中学生ですからね。もうこれからは一切そういうことは言いません。自分のことは自分で責任を持ってやっていきなさい。勉強しないで成績が悪くなって、自分の行きたい高校や大学へ行けなくなっても、お母さんは一向にかまいません。すべてあなたの人生ですからね。よくなるのも悪くなるのもあなた次第ですから」
その後、子どもは結構よく遊んだり、また適当に勉強したり、成績もまずまずのところでやっているという。こういう過程を踏んでいく親子関係であれば、まず理想的と言えるだろう。だが世の親たちは、なかなかこのように子どもを信頼して突き放すことができない。つまり子離れができないのだ。

教育をやれと宣告した。

育てた結果なのだけれど大相撲の若乃花、貴乃花兄弟の入門に関するいきさつについては、よく知られている相撲の道に進みたいという子どもたちに対し、父親の藤島親方当時は、厳しい勝負の世界だからよほどの覚悟がなければ、と戒めた。それでもという固い決意を確かめた上でこれを許し、入門させた日からは、きっぱりと親子の関係を絶った。お父さん、お母さんと呼ぶことさえ禁じ、親方·おかみさんと弟子という新しい関係になったのである昔の日本では十一十七歳ごろになると、髪型や服装を改め、一人前の成人として扱われるようになる儀式があった。


子どもたちは馬車馬のごとくわき目もふらず 子どもの頃に大好きだった絵本はもちろんです しつけられていない