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子どもにやり方を教え

学校に行けなくなったのです。

これでは、日本の自由主義だとか民主主義を、私は本物だとは思えそもそも自由主義や民主主義という思想には、個人としての権利の主張と同時に、責任や義務の履行という概念が含まれる。しかし、日本人には古くから、団体行動の中では個人として責任をとるという考え方が希薄だ。それを端的に表しているのが、昔の血判状である血判状は、映画やテレビなどでは普通、細長い手紙状の紙に端から名前を書いているが実際は一枚の大きな紙の中央に車座をつくるように放射状に書いていく。つまり日の丸の旗の白い部分に、中心の赤い丸に沿い、各自がたてに署名するようにイメージしてもらえばいいだろう。そして、その下に小指を切って血判を押す。こうしてできた血判状は、円の特徴として始めと終わりがないから、誰が中心人物か首謀者か、わからない。
もちろん実際に行動する場合には、首謀者が中心的役割を果たすだろうが、血判状という書類上あるいは法的責任においては打って一丸となる。こうした伝統が、根強く日本人には残っているだから霞ヶ関や永田町にあっては、いったい誰が責任をとるのかはっきりせず、いウヤムヤになるのが日常茶飯事なのだ。

先生が生徒に与えるのではなくてたいて私は人間として大切なことの一つは、きちんと責任を引き受けることだと思っている。
責任をとることが、人間として生きる証だとさえ考えている。こういうことは、子どもを育てていく過程で、どんな形であれ、常に子どもに伝えていきたい。
あかしニックネームゴンでおなじみの、サッカーJリーグ、ジュビロ磐田の中山雅史選手の両親は、家の裏山の畑で朝から夕方まで働き、ミカンやお茶を作っていたそうだ。どの家庭でもそうであるように、宿題やりなさいなどとうるさかったのは母親で、父親は何も言わなかった。

  • 子どもにはまだ程度がわかりません
  • 学校など必要ないのです問題
  • 体験だけでなく世間のいろんなひとのいろん

育てやすい子だ

母さんにはまるで重病人のような様子でいるく勉強しろなどと言われることはなく、放任と言ってもよかった。ただ息子の出る試合などには、ときどき足を運んでいたという。
そんな父親も、一九九二年、アジアカップのとき、息子がぼちぼち得点するようになって注目を浴びはじめたころ、てんぐになるなと一言くぎを刺している。それが今でも中山選手の記憶に強く残っているそうだ彼はこう語る「高校や大学、今のチーム選びもすべておまえが決めたならと、ボクの意思を尊重してくれた。父親の無言の信頼を感じると、変なことは決してできないと思うものです」
子どもの自立心を尊重すること、それが責任感の自覚につながっていくということを、中山選手のお父さんはみごとに実証されたと思う。

勉強のよくできる子子どもに将来の夢と理想を語ることがいかに大切か山梨学院大学、IE競技部のE田誠仁監督のお父さんは、彼が監督就任を引き受けようか迷っているとき、こう言って励ましたそうだ。
苦しい、できないと言って背中を向けたら、チャンスは通り過ぎていく。前かがみになりそうになったり、風が冷たくてのけぞりそうになったりしても、つま先だけは、いつも夢の方向に向けてがんばれ山梨学院大学は例年、箱根駅伝で輝かしい成績を残してきたが、ある年、途中で選手の体調が悪くなり、棄権せざるを得なかったことがある。

母親の反対で断念しました。

激痛と闘いながら、それでもなんとか責任を果たそうと苦悶する選手の様子が、ずっとテレビで放送され、視聴者の感動を誘ったものだ。しかし、結果として翌年出場のシード権を失ってしまった。そのとき上田
監督は、選手たちにこう言ったそうだつま先だけは夢の方向に向けていよう
石原裕次郎は生前、夢に手を伸ばしたまま死んでいきたいとよく語っていた。夢と理想を追いかけるからこそ心が燃え、充実感があり、また生きる喜びもある。夢と理想を放棄した人生というのは、砂漠のようなものではないか。
野茂英雄投手がドジャースで成功すると、大多数のアメリカ国民は、これを称えてくれた。それは、大リーグという未知の世界へ、何のうしろだてもなく、ただ自分の力だけを頼りに乗り込んできた若者の心意気に対する称賛であり、またそれを成功させたアメリカンドリームに対する称賛だった。彼らはを大切にする国民である。
アメリカの子どもたちに、将来何になりたいかを聞くと、目を輝かせながら、こんな答えが返ってくる。

子供の先回りをして

子どもが被害者になるハメになる。フットボールの選手花屋さん科学者大学の教授芸術家
野球選手、そして、百人のうち五人ほどは必ずプレジデント大統領と答えるこれと同じ質問を日本の子どもたちにしてみると、わからないという答えが一番多い
何かやってみたいことはないのと聞くと、べつにという返事。仕方なくいろいろな職業を挙げてみると、面倒くさそうだからいやとか疲れそうだからいやなどという言葉が返ってくる。まさに夢も希望もないのだ。
いったいどうしてこんなことになってしまったのだろう。それは、親たちが子どもに夢を語らないからだと思う。毎日会社から疲れた顔をして帰り、愚痴をこぼしたり不平不満を言ったりしているような父親や母親のもとでは、はつらつとした夢を語るような子どもは育つわけがないそして、親が夢を語らないのは、実は語れないからではないのか。


先生が生徒に与えるのではなくて 先生が生徒に与えるのではなくて 子どもにやり方を教え