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先生が生徒に与えるのではなくて

母親をめぐって跡を絶

これを元服と言う。現代では成人式がそれにあたるのだろうが、二十歳というのは少し遅いのではないか。選挙権、飲酒·喫煙の自由などは二十歳でいいとしても、精神的に自立しつつある一個の人格として認めてやるもう一つの儀式が、各家庭内で中学·高校生ぐらいの時期にあってもいいと私は思う。
子どもは常に大人になりたがっている。一人前の人間として扱ってもらいたがっているものだ。ある時点でそれをきっぱり認め、一人の人間としての責任を持たせることは、決してマイナスにはならないだろう。ある意味で言えば、先の商社マンの家庭では中学入学の日に、若貴兄弟は入門の日に、元服式を行ったのである父親が子どもに自分の仕事を語る場合は、子どもを自立した人間と見なしている。親からそういうふうに認められて嫌がる子どもはまずいない。だから、仕事をしていく上で自分が一番大事だと思う信念を語ろう。

教育について考えさせられました。説教するのではなく、ただお父さんはこう思うと語るのであるかりに子どもがなんだ、そんなこととかそれは違うんじゃないなどと生意気な口をきいても、怒ったり、性急に説得しようとしたりしないことだ。事実、最初はこんなひよっこの考えとバカにしていた意見が、あとで意外に的を射ていることに気づかされる
ことがあるそして、子どもに語るべきことで特に大切なのは、あくまでも自分自身を語るということだ。

  • 小学校に上がる前後
  • 母さんの顔を描いてごらんなさい
  • 母さんはこういうときにどうするかという

才能は誇っていい。

大学生たちは最初は真っ暗な部屋に連れていどんな立派な考え方でも、単に本で読んだことの受け売りみたいなものではおそらく子どもの心には残らない。それを子どもは本能的にかぎ分けるだろう。
汗を流して労働することの大切さを語れある新聞に載っていた話である。プロ野球·福岡ダイエーホークスの王貞治監督によると、王さんの父親は、中国の山の中で生まれて、日本に出稼ぎに来た。住みついたのは東京の下町で、中華そば屋を始めたのである。自分は学がないと自覚していたから、そのハンデを克服するためにも、とにかく一生懸命働いた。隣のラーメン屋よりおいしいものを作ろう、営業時間を延長してでもお客さんに喜んでもらおう、そう思って、家のことは二の次だったそうだそんな父親がたった一つ、ものすごく気をつけていたことがある。それは体のことだ。
資本は体しかない。彼が健康を損ねたら、次の日から一家は生活に困ってしまう。だから病気をするわけにも、怪我をするわけにもいかなかった王さんがプロに入って11年間、たまに合宿所から帰ると、成績がふるわないので酒を飲んだりしていたのだが、そんなとき父親からよく諭された。

子どもと共に味わっているのだではありませんか。しっかり食べなさい飲み過ぎちゃいけないと、きつい口調ではないが、耳の痛いことをよく言われた。また小さいとき、家の金を持ち出して使ってしまったとき以外は、手を上げられた記憶もない。
しかし、なんといっても王さんが父親に影響されたのは、その勤勉さだったという。ああ、このおやじのラーメンはうまいだろうな、はたで見ていてそう感じるくらい、一つひとつを誠心誠意作っていた。その姿を見て、ひたむきに生きるということを教えられたという。後に一本足打法にスタイルを変え、畳がすり切れるほど練習して、そのタイミングのコツを会得したがんばりの裏には、おそらく父親の無言の教えが生きていたのだろう。
汗を流して働くという言葉はもはや死語になってしまったかのように見える。しかし汗を流してというのは、べつに肉体労働には限らない。

育て方標準体重標準身長という

知的労働、精神的労働でも同じことである。タイムリミットに間に合わせるべく、徹夜で企画書を書きあげなければならない仕事でも、額にじっとりと汗はにじんでくるのであるそういう意味で言えば、どんな仕事でも手を抜かずに一生懸命やろうとすれば、汗を流すことになる。仕事にはいろいろな困難がともなうのだ。その困難と格闘し、それを乗り越えていくからこそ、能力も伸びる。そして人間もより大きくなり、高いところに到達する。手抜きですむような楽な仕事ばかりやっていると、人間はまず、駄目になる。

母乳で大きくなる。

いじめは筋道の通らぬものだということはなのに。若くして億万長者になったマイクロソフト社のビル·ゲイツ会長も、草創期のころは会社に泊り込み、ハンバーガーとコーラで空腹をしのぎながら、一心不乱にパソコンと向かい合っていた。ぶっ続けで二十時間近く働き、少しの仮眠をとってまた二十時間働き続けることも決してめずらしくなかった。好きだったからと言ってしまえばそれまでだが、それだけで片づけられる話でもない。
どんなに時代が変わろうと、仕事において汗を流して努力することの大切さ、遠の普遍的な真理として、父親の生き方を通して子どもに伝えたいものだこれを永子どもの意思と自立心を尊重すれば、責任感が生まれる今の日本社会を見ていると、つくづく自己責任原則が貫かれていないと感じざるを得ない関係者同士が互いに責任をなすりつけ合ったり、政府の高官が論点をはぐらかしてと
ぼけたりするからだ。


教育について考えさせられました。 学校へ行くしたくをしなさい! 子どもに接してい